2009年04月09日
遠野秋彦の庵小説の洞 total 2386 count

面白ショートショート『デクスターずぼら』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 デクスターはずぼらだった。

 つまり、行動や性格がだらしのない、なまけものだった。

 それを見た親族一同は、このままではダメだと思った。

 そこで協議の結果、デクスターをA国海軍に入れることに決まった。デクスターの一族は代々A国海軍軍人を多く輩出する血筋であり、デクスターの父親も立派なA国海軍士官だったからだ。

 デクスターは、もはや海軍入りは避けられないと観念すると、同じように海軍を目指していた同い年の従兄弟のところに入り浸り、海軍に関して学んだ。

 その結果、デクスターは確信した。

 海軍は厳しい組織であり、一般の兵士になれば過酷な訓練と戦いが避けられない。それに対して、一度海に出れば艦長は艦の帝王になる。歩いていける範囲に彼よりも偉い人間はいないのだ。楽してずぼらに生きるなら艦長しかあり得ない。

 しかし、艦長になるなら士官学校を出て士官に任官される必要がある。そこで、デクスターは従兄弟が目指していた士官学校に自分も行くことにした。

 そこからがデクスター伝説の始まりだった。デクスターは、根がずぼらなので、常に最低限必要なことしか行わなかった。だが、その最低限必要とは、他人から見れば最も効率の良い選択を常に確実に実行する才人に見えたのだ。

 艦長には出世が必要、出世には士官学校の成績順位も重要、と知ったデクスターは主席で士官学校を卒業した。その後も、トントン拍子に出世して、最年少の駆逐艦艦長となることができた。

 A国では駆逐艦をDDと呼ぶので、これは最年少DD艦長伝説と呼ばれたが、世間では面倒なのでディーディー伝説と呼んで噂した。

 さて、見事に艦長になりおおせたデクスターはそこでずぼら人生を貫徹することを決めた。デクスターは突如、出世に縁のない艦長に変化した。あまりに出世から遠くなったので、いつの間にか伝説は万年DD艦長伝説へと変化した。

 デクスターのディーディー伝説は全世界に伝わり、彼の名を知る者は特に世界の海軍関係者には多かった。

 さて、A国はJ国より奇襲攻撃を受け、交戦状態に突入した。

 当然、デクスターも前線に駆り出された。

 そして、デクスターが所属する艦隊に、とあるJ国前線基地の隠密奇襲攻撃命令が下った。

 敵に察知されないため、攻撃目標や日時は、直前に艦隊の司令官より伝達されることになっていた。また、察知される危険があるため、艦隊各艦の無線通信も厳禁された。出航も、艦隊出動をカモフラージュするために、1隻ずつバラバラに出航して、目的地付近の洋上で落ち合うことになった。合流点を示した命令書は各艦長に渡されていた。

 そして艦隊は1隻ずつ出航し、デクスターの駆逐艦も出航した。

 だが、デクスターの駆逐艦は艦隊に合流することが無かった。乗組員一同が艦長に詰め寄ったところ、実は合流点を示した命令書は、ずぼらな艦長が紛失していたことが判明した。

 乗組員達に詰め寄られたデクスター艦長は言った。

 「じゃあ、無線で司令部に聞いてみよう」

 「なら、さっそく暗号を組んで……」

 「いいよ。面倒じゃん。平文ですぐ打ってよ」

 乗組員達はため息をついた。艦長がずぼらなのは皆が良く知っていた。

 それを傍受して驚いたのが敵のJ国の傍受班である。無線が発信されたのは、J国のX基地の間近だったのだ。まさか、X基地に対する奇襲攻撃が予定されているのか、と彼らは大騒ぎになった。

 デクスター艦長からの質問には、即座に返信が届いた。もちろん、それは暗号が組まれていた。長い叱責の言葉の羅列の後で、「そこからでは明後日早朝攻撃予定の敵基地には間に合わないから、そのまま基地に戻ってこい」と書かれていた。

 それはJ国にも解読済みの暗号で組まれていたので、J国側も内容を知ることができた。

 では、攻撃予定の敵基地とはどこか、とJ国傍受班は考えた。

 デクスター艦長の駆逐艦がX基地の近くにいる以上、X基地ならどう見ても間に合うはずだ。ということは、もっと遠くの基地に違いない。それはJ国Y基地しかあり得なかった。

 ずぼら艦長のディーディー伝説はJ国でも有名だったので、Y基地を攻撃する予定であったのにX基地近くに来てしまったことは、まさにデクスター艦長らしい所行として奇異に思われなかった。

 そして、攻撃目標がY基地だと分かったことで、X基地のすぐ動ける艦隊を全てY基地に派遣するこになった。

 J国海軍は、これで奇襲は失敗になり、J国の勝利を確信した。

 ところが、A国艦隊は、1日早い明朝に、しかも手薄になったX基地に襲来したのである。

 X基地は艦隊の攻撃で大打撃を受けた。J国の大敗である。

 どういうことか理解できなかったJ国傍受班のメンバーは、敗戦後にデクスター艦長を訪問して真相を質問した。

 「ああ、それは最初から仕組まれた計略だよ。攻撃対象の場所と時間を敵に誤認させて、手薄な基地を叩くという作戦。僕の艦はそのための囮。え? ずぼらなデクスター艦長がそんな緻密で勤勉な作戦を実行できるわけがないって? とんでもない! 真面目に戦うのは面倒くさいし、しかも囮役を買って出れば敵と直接交戦しないで済むからね。ずぼらなデクスター艦長らしさが100%出た作戦だったと思うよ」

(遠野秋彦・作 ©2009 TOHNO, Akihiko)

★★ 遠野秋彦の他作品はここから!

遠野秋彦